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神戸地方裁判所豊岡支部 昭和29年(ワ)149号 判決

原告

稲葉岸太郎

被告

栄川木材工業株式会社

主文

被告は原告に対し金六四三、七三〇円及びこれに対する昭和二九年一二月二九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその二を被告の、その一を原告の負担とする。

この判決は原告において金二〇万円の担保を供するときは第一項に限り執行することが出来る。

事実

(省略)

理由

原告が兵庫県出石郡合橋村唐川字向山一三〇番地の一所在の山林を所有していることは当事者間に争がない。而して証人川崎由二、森秀雄(第一回第二回)恵美菊之助、栄川俊一、永井孝一、渋谷清志の各証言に原告本人尋問の結果を綜合すれば、被告は昭和二九年一一月二八日、原告の代理人訴外本荘精一より右山林内に生立の原告所有に係る杉立木全部を代金六二万円で買受けたと称し被告の使用人で原木係長として立木の買入れ、伐採搬出の監督事務を担任していた川崎由二及び被告会社々長栄川友之助の妻の弟に当る昭和林業商会こと森秀雄等をして、同年一二月四日頃より同月一八日頃迄の間に、同杉立木全部を伐採搬出の上、これを、当時被告が操業していた八鹿製材工場並びに養父製材工場に搬入させて売却処分し原告をしてその所有権を失わせたことを認めることが出来、右認定に反する証人森秀雄、恵美菊之助の証言部分並びに乙第五号証はたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。被告は本件杉立木はその伐採前既に被告が原告の代理人本荘精一より代金六二万円全額を支払の上買受け、その所有権を取得したものであるから、原告は本件伐採搬出等により何等権利利益の侵害を受けるものでない旨を主張するので証拠を調べるに、乙第一号証及び成立に争のない甲第五号証乃至第一〇号証に証人中田吉典、本荘精一、栄川俊一、川崎由二の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、被告の取締役栄川俊一及び原木係長川崎由二は、昭和二九年一一月頃、訴外本荘精一より本件杉立木の買取方を勧められ、同月二六日、その見分を済ませた後、国鉄山陰線江原駅前で本荘精一に対し、同人の取得すべき口銭を含め被告の総出捐額を六五万円程度とし、その限度内の代金で原告より本件杉立木を買取るべく交渉方を指示した上、同月二八日、川崎由二は本荘精一を伴い原告方に向けて右同額の現金を携行し、原告方附近の食品店渋谷清志方で本荘精一に対し右携行金中の六二万円を手交し、同人が前記指示の如く原告との買取交渉を遂げて帰ることを待合せていたところ、同人は原告方に赴き原告に対し、予ねて詐称していた如く被告の番頭である風を装い、被告のため本件杉立木の買取につき折衝を試みた末、代金を一六五万円とし、同年一二月一〇日迄に全額支払いの上本契約を結び始めて所有権を取得することが出来る旨の予約と、右予約の手附金を一〇万円とし、若し右期限内に代金全額を支払わない場合は予約は当然失効し、手附金は原告に没収される等前記指示に反する趣旨の約定を結んだ上、川崎由二より預託されていた六二万円中の一〇万円を右手附金として交付し、右約旨を記載した売渡証の交付を受けた外、更に税務署に対する右売買予約の申告書類に使用する旨を詐称して原告を欺罔し、予ねて契約書作成用として川崎由二より手交されていた白紙に原告の印を押捺させた上、これに、本件杉立木を代金六二万円で被告に売渡した旨の原告名義の虚偽の意思表示を記載して乙第一号証に当る虚偽の売渡証を作成し、前記真正の売渡証はこれを破棄し、右偽造の売渡証のみを川崎に手交し、その売渡証の趣旨のとおり本件杉立木を買受けて来た旨の報告をして同人を欺罔した末、預託金中の五〇万円を拐帯行方を晦ましたもので、本荘精一は被告に対しては終始原告の代理人として交渉を持つたものでなく、却つて、被告の取締役栄川俊一及び原木係長川崎由二より指示を受けて被告のために原告と本件杉立木の買受交渉に当つていたものであり、本件杉立木の伐採前被告が原告を代理した本荘精一よりこれを買受け取得していた事実はこれを認めることが出来ないから、右被告の主張は採用出来ない。被告は、原告は前示乙第一号証(偽造売渡証)の前身である原告の押印ある白紙を本荘精一に交付する前、川崎由二に対し、本件杉立木の見分を案内した際、代金は本荘に委かしてあるから同人と交渉して貰い度い旨を告げた事実があり、右は代理権を授与した旨の通知に該るから、本荘精一が川崎由二に乙第一号証を交付して同人と結んだ被告主張の売買契約につき、原告は責に任ずべきである旨を主張するけれども、右主張に副う証人川崎由二、栄川俊一、恵美菊之助の各証言部分は措信出来ないのみならず、元来本荘精一は前示の如く原告を代理して被告側と交渉を持つた事実がないのであるから、同人が原告を代理して被告側と取引したことを前提とする被告の主張は、その余の点につき判断をするまでもなく採用するに値しない。被告は、原告が乙第一号証の前身である原告の押印ある白紙を本荘精一に交付し、同人がこれに被告主張の趣旨の売渡文句を記載して乙第一号証の売渡証を作成の上川崎由二に交付したことは、権限踰越の表見代理として原告は本荘精一の代理行為につき責に任ずべきである旨主張するけれども前示の如く、本荘精一は原告を代理して被告側と交渉乃至締約した事実がなく、乙第一号証は同人が栄川俊一、川崎由二等の指示に副う交渉をしていないにも拘らず、その指示のとおり被告のため原告と交渉を遂げた如く報告するための証拠に使用する目的を以て川崎由二を欺罔する手段として偽造したものであるから、右被告の主張も前同様採用出来ない。被告は更に、原告は本荘精一の乙第一号証の交付による無権代理行為を追認した旨を主張するけれども、これを肯認し得る措信に値する証拠はなく、且つ、前示の如く本荘精一の代理行為の存在を前提とする被告の主張は理由がないこと明らかであるから右主張も採用出来ない。よつて、被告の故意乃至過失につき考えるに、証人川崎由二、恵美菊之助の証言に原告本人尋問の結果を綜合すれば、前示栄川俊一及び川崎由二は前記の如く、昭和二九年一一月二八日本荘精一に対し本件杉立木の買受代金として六二万円を預託し、乙第一号証を入手した後、同月三〇日、原告より、右乙第一号証が偽造であること、並びに、原告は被告の番頭と称した本荘精一との間に、代金は一六五万円とする等前示原告主張の如き趣旨の売買予約を結んだもので未だ右代金の支払も受けず、被告の買受けは発効していないから伐採を中止せられ度い旨を申出られたにも拘らず、乙第一号証を盾にとり、前示の如く川崎由二、森秀雄等を用いて本件杉立木を伐採したことを認めることが出来、右の如き事情の下における被告としては、乙第一号証による本件杉立木の所有権買得の効力につき、慎重な検討を加えるべきが当然であるにも拘らず、被告においてこの点につき何等かの検討考察を加えた事実を認め得る証拠のない本件においては、被告は本件杉立木の所有権取得を誤信したことにつき過失の責を免れないものといわねばならない。而して、本件杉立木の材積は、証人森秀雄の証言により成立を認め得る乙第二号証の一、二第三号証の一乃至一七、第一四号証の一乃至一五、証人山本庫三の証言により成立を認め得る同第七号証の一乃至三に右各証人の証言を綜合すれば、四六、二四六才(六一六石六斗)であることを認めることが出来、甲第二号証の一、二及び証人酒井治の証言によつては右認定を左右するに足らない。

次に当時における右杉立木の時価は、成立に争のない甲第二号証の一、二に徴し、石当り一、一六〇円合計七一五、二五六円と認めるのを相当とするから、他に特段の事情のない限り被告は原告に対し右同額を賠償すべき義務があるものというべきところ、被告は相殺の抗弁を主張するので考えるに、本件被告の債務は不法行為に基く賠償債務であるから、民法第五〇九条により債務者たる被告のする相殺は許されないこと明らかであるから、右抗弁は採用出来ない。更に、被告は過失相殺の主張をするので考えるに、原告本人尋問の結果により認められる原告が乙第一号証の前身である自己の押印した白紙を軽々に本荘精一に交付してその偽造行使の因を与えたことに鑑みれば、本件被告の不法行為については被害者たる原告にも過失があるものといわねばならないから、これを斟酌するときは、被告の賠償すべき額は、前記原告の損害額の十分の九を以て相当とするから、被告の原告に対する賠償額は結局六四三、七三〇円と認定すべく、原告の請求は同額の金員及びこれに対する本件訴状の被告に送達せられた日の翌日であること本件記録に徴し明らかな昭和二九年一二月二九日以降完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてこれを正当として認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 長久一三)

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